【結婚できない子を持つ親の心を利用した卑怯者】と呼ばれた過去の話
婚活業を始めて12年。駆け出しのころ、自分の利益の為にうたった『どんな人でも結婚できる』という期待文句。
その言葉を信用して何のノウハウも持たない私を信用してくれた人を無責任に裏切った過去。これは、恥ずべき私の偽らざる本当のお話です。
簡単な経歴
今から15年前、私は関西で結婚式場の紹介業をやっておりました。
紹介業といってもゼクシィのように、情報を与えて終わりのような仕事ではなく、ブライダルプロデューサーとして受け持ったカップルのウエディングプランニングをしたり結婚準備の相談に乗るようなお仕事です。
この仕事の主な収益は、提携している結婚式場にカップルを紹介することで頂く仲介手数料で成り立っていましたので、結婚をしたいカップルをいち早く見つける事が出来なければ仕事にありつけません。つまり、結婚を控えたカップルの情報を得ることが最重要課題だったわけです。
毎日、従業員と地図を手に持ち(当時スマホはありません)、一軒一軒インターホンをならしてアンケートを取ったり、ウエディングドレスのファッションショーを開催しては見込み客を集めるという方法で見込み客の情報を得ていました。
当時は、従業員の給料を支払うのがやっとの状態で、とてもじゃないですが人の幸せのお手伝いをしている場合じゃないくらいの状態でした。
来る日も来る日も、ヘトヘトになりながら遅くまで営業の仕事をし、週末は婚礼の打ち合わせ。
休みは月に1回あるかないかの日々でしたが、お世話したお客様が結婚式を迎えた時に頂ける感謝の言葉だけが唯一の救いでした。
しかし、そんなアナログな方法で無理を続ける日々がいつまでも続くはずもなく、ある時に破綻を迎えることになります。
経営する式場紹介業が破綻寸前に追い込まれて始めた”素人婚活屋”
結婚式場の紹介業は式場への情報提供の速さで「権利」が付きます。
『この人とこの人が結婚式を考えていますよ』と結婚式場に情報を事前申告する事で仲介料の権利を得ることになり、そのカップルがその式場に決めれば仲介料が支払われるという仕組みです。
今では当たり前ですが、ある時期からカップルが結婚を考えたときはネットで検索をかけ、情報サイトを通して式場の資料を請求や式場見学の予約をするようになってきました。
そうすると、先にカップルの情報が式場に流れ、サイト運営業者に仲介料の権利が付きます。お客さんにとっては便利になったかもしれませんが、ネットに疎い同業他社はこれでほとんどが廃業に追い込まれていきました。
もちろん、この影響で私自身もただでさえ厳しかった売上もどん底になり、経費や従業員の給料も借り入れで支払うという地獄のような状態。
その額も尋常じゃない金額にまで膨れ上がっていました。
仮に廃業したからといっても借入金を返す当てもありません。
何より、私を信用し、頼ってくれたお客さんの中には結婚式を控えた友人や親戚もいたので辞めるに辞めれないという状況でした。
すでに『結婚を決めている人』でなく、『結婚したい人』を探して結婚してもらおう!
そのような状態で、インターネットど素人の私が、素人丸出しの二番煎じWEBサイトを作っても大手結婚式場サイトに太刀打ち出来るはずはない。
それなら、同じ土俵で勝負するのは諦めて、全く違うやり方で戦う事を決心しました。
それがお見合いです。
当時は今のような『婚活』という言葉はなく、まだ世間ではお見合いの世話をしている人はどこか胡散臭く見られることが多かった時代でしたが、切羽詰まった状況の私には、”結婚の決まったカップルを探す方法”ではなく、お見合いを自分でプロデュースして結婚する人を増やすしかありませんでした。
『いつまでたっても結婚しない息子を何とかしてくれないだろうか。』
ある夏の午後のこと。
結婚見込み客を探す為に訪問営業した家で、40歳を過ぎて一度も恋愛をしたことのない息子さんを持つご夫婦と出会いました。
そのご夫婦から「いつまでたっても結婚できない息子の世話」をしてくれないだろうかとたのまれたのですが、当時の私のサービスは、お見合いパーティを開催することはあっても今のようにしっかりとしたカウンセリングやアフターフォローなどのノウハウはありませんでした。
そこで、お金は一切頂かない代わりに、もしお見合いがうまくいった場合は自分のところで結婚式を挙げてほしいという条件をつけ、そのご夫婦の相談を受け入れました。
これを期に、ノウハウや経験がなくても『出会いの場』さえ作ればあとはなんとかなるだろうくらいの安易な考えから、集客のため、他の訪問先で同じように結婚できない方の親御さんから釣り書き(プロフィールを書いた紙)をお預かりし、その人たちのお見合いやパーティを開催するようになりました。
しかし、その息子さんは何度お見合いを重ねても上手くいかず連戦連敗。 結果、半年ももたずに息子さんの心が折れてしまい、私からの連絡もまったく受けなくなっていました。
あとから聞くと、婚活で自信を無くした彼は仕事も辞め、家に引きこもるようになっていたそうです。
特にその方は恋愛に免疫がなく、何度女性にアタックしても断られる事が続き心が病んでしまったようでした。
そのような事になっているとは知らずに、突然連絡のつかなくなった息子さんが心配になった私は家まで直接行ってみることにしました。
インターホンを押してしばらく待つと、なにやらいぶかしげな顔をしたご両親が玄関口まで出てきました。
その時に彼の父親から言われた一言が、
『あなたは親の心につけ込む卑怯者だ』
まったくの無償でお相手探しからお見合いの日程の調整までをしていた僕は、最初は何を言われているのかわかりませんでした。
感謝されるようなことはあっても、こんなことを言われる筋合いはないと怒りすら感じました。
『お膳立てをしても自分でどうにか出来ないあんたらの息子が悪い』
こう言いそうになったのを必死で堪えたのを覚えています。
結局、何も言い返すことなくバツの悪い雰囲気に耐えられなくなった私は、その場から逃げだすように出ていきました。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
いかがでしょうか?
婚活のプロのような顔をして近づき、素人同然のようなサービスしかできないような未熟な人間だった私。
これが、婚活屋の私のスタート地点であり原点あり、恥ずかしくて決して人には話すことのなかった事実です。
なぜそのようなことを言われたのかを 今ならはっきりとわかります。
私の経験不足、勉強不足からご迷惑をおかけしたことは当然として、
結婚のお世話をすることが、どれだけの責任があるかの『自覚』がなかったのです。
私はご両親に見せたのです。想像させたのです。
胸を張って結婚式に立つ息子の姿を。 そして、幸せそうに孫を抱いている自分たちの姿を。
もちろん、この事をどう捉えるかは人によって違います。
しかし、ご両親から怒りとも悲しみともいえないような目で投げつけられた言葉によって私は目を覚ます事が出来ました。
『私のような未熟な人間の言葉で信用させた未来。その人たちの希望に満ちた未来を無自覚に裏切ったのです。』
それからは、本当の婚活のプロになるべく、【恋愛セミナー】【婚活セミナー】【男女の恋愛心理学セミナー】に足しげく通って婚活に役立つ知識を学び、自分自身のカウンセラーとしてのスキルを高める為【カウンセラー特別技能】【コミュニケーション技能】【コーチング技能】【パートナーシップ心理学】等、必要だと思う技術の習得にかなりの自己投資をしました。
学んだことは全て自分自身で実践し、使えると思った技術やノウハウを相談者とトライ&エラーを繰り返し、お見合いの立ち合いだけでも週に2,3回、婚活パーティも含めると年間で100回以上は開催していました。
その甲斐あって、お預かりした相談者はみなさん無事に成婚され、その方達の結婚式までお世話させていただけるようになりましたが、今でもその当時のことを忘れることはありません。
残念ながらその息子さんとはそれ以来会っていませんが、間違いなくあの事がなければ 今の自分はいないと断言できます。
結婚できない子供を持つ親の心に付け込む卑怯者。
当時の私は無自覚ではあったものの、救いを求める人の弱さを利用して利益を得ようとしたことは間違いはありません。
あれから何年もたち、婚活ブームを経て、現在は様々な婚活サービスが登場していますが、
婚活サービス提供者は、お預かりしたご相談者様それぞれに『特別な想い』があり、その人を大切に思う『家族の期待』とそれに応える責任があることを決して忘れてはいけません。
5年前から婚活業界から離れて沖縄でウエディングプロデュース業をやっていた私が、この度地元関西に戻り結婚相談業を始めるに至りました。
この記事は、あらためて人様の人生のご縁結びに関わらせて頂く自分への戒めと決意の意味を込めてここに書かせていただきました。
まだまだ未熟ではございますが、ご相談者様に寄り添い、もてる限りの力で精いっぱいお世話させていただきますので何卒よろしくお願いいたします。